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「独島の真実(Truth of Dokdo)について。

 米国の「ラスク書簡」は無効

作成日 2012年01月07日

 

日本人に「どうして独島が日本領土と思うのですか」と尋ねて見れば、90%ぐらいの人たちはよく分からないと答えます。

しかし独島に関して知っている人たちは、「1951年の<ラスク書簡>こそ、独島が日本領土である明白な証拠」と答えます。

日本で「ラスク書簡」は、独島を日本領土だと考える人々の必殺技なのです。

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あまりいい加減な事は言わないでほしいですね。「ラスク書簡」を根拠に挙げる人はいますが、日本で「ラスク書簡」だけを根拠にしているわけではありませんよ。「竹島」を日本領土だと「考える」ではなく、「竹島が日本領土で韓国に不法占拠されている事実を知っている。」人々ですね。それに「ラスク書簡」だけを「必殺技」にはしていませんよ。

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それでは「ラスク書簡」とは、どんな文書なのでしょうか。

1951年7月、サンフランシスコ平和条約の米英合同草案から独島が名称が削除されると、韓国政府は「独島の名称を韓国領土条項に入れてほしい」と米国務省に要請しました。

<ラスク書簡>の重要部分は、次の通りです。

私たち(=米国)の情報によれば、独島は(中略)韓国の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年以来日本の島根県隠岐の管轄下にあり、未だかつて韓国によって領有権主張がされたとは思えない。(中略)だから韓国政府の要求を受け入れることはできない。」

この文書がまさに日本人たちが独島を日本領土として主張する根拠です。

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だから、「ラスク書簡」だけを根拠になんかしてはいませんよ。

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しかし多くの米国の資料には、「ラスク書簡」とは韓国政府にのみ秘密裡に送付された非公開文書と書かれています。

大韓民国だけに秘密裡に送付された「ラスク書簡」は、連合国には公開されなかった文書であるということです。

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「ヴァン・フリート特命報告書」についてはサンフランシスコ条約が独島を韓国領土と承認」A を参照の事。

サンフランシスコ条約が独島を韓国領土と承認」@ でも述べたように、韓国駐米大使・「梁 裕燦(ヤン・ユチャン)「ジョン・フォスター・ダレス大使」「1951年7月19日」に修正要求の意見書を出し、アメリカ合衆国政府からの正式な回答で「朝鮮の一部として取り扱われた事が無い」と回答され、「1951年」、草案への修正の要望書を韓国駐米大使・「梁 裕燦(ヤン・ユチャン)はアメリカ合衆国政府に、先の「1951年7月19日」「8月2日」に2度に渡り提出しています。韓国政府に対し、当時の米国国務次官補ディーン・ラスクが最終的決定として同年8月10日に通達した文書が「ラスク書簡」です。そして、サンフランシスコ平和条約の調印がなされたのは、その1ヶ月後にあたる9月8日のことです。「ラスク書簡」自体が条約ではありません。簡単に言えば、

<丶`∀´> 「独島を韓国領土にしてほしいニダ。」

アメリカ    「今まで韓国によって主張がなされたとは思われません。」

<丶`Д´> 「独島を韓国領土にしてほしいニダ!」

アメリカ    「韓国によりこれまで領土主張がされた事があるとは思われませんて言ってんだろ!」

修正要求の意見書に対する回答文書ですね。この文書の性格上、わざわざ他国に通達する必要があるのでしょうか?それに「ラスク書簡」が非公開であれば、「サンフランシスコ平和条約」「無効」だとでも考えているのでしょうか?

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「ラスク書簡」は非公開の文書なので、在韓米大使館も知らずにいて、在韓米大使館は独島は韓国領土と思って活動して来たと告白しました。(1952・10・在韓米大使館が米国務省に送った手紙)

大サイズ

THE FOREIGN SERVICE
OF THE
UNITED STATES OF AMERICA
CONFIDENTIAL
SECURITY INFORMATION
OFFICIAL-INFORMAL
ADDRESS OFFICIAL COMMUNICATIONS TO
American Embassy, Pusan
December 4, 1952

Dear Ken:

Sorry to hear that your trip has again been postponed. However, we will very much look forward to seeing you early in the new year.
I mush appreciate your letter of November 14 in regard to the status of the Dokdo Island (Liancourt Rocks). The information you gave us had never been previously available to the Embassy. We had never heard of Deen Rusk’s letter to the Korean Ambassador in which the Department took a definite stand on this question. We of course knew of the ROK Government’s desire to have Article 2(a) of the Peace Treaty amended to include Dokdo and Parangdo and convoyed that request in a telegram to the Department at that time, along with other ROK suggestions for amendments to the draft treaty. We were subsequently made aware of the fact that Article 2(a) was not to be amended but had no inkling that that decision constituted a rejection of the Korean claim. Well, now we know and we are very glad to have the information as we have been operating on the basis of wrong assumption for a long time.
I am sending with a transmitting despatch, a copy of the note that we have just sent to the Ministry of Foreign Affairs which includes as a final paragraph the wording suggested in the Department’s telegram no.365 of November 27 and which refers to Dean Rusk’s note to Ambassador Yang of August 10, 1951.
 
 
Sincerely yours,
E. Allan Lightner, Jr.


Kenneth T. Young, Jr., Escuire,
Director, Office of Northeast Asian Affairs,
The Department of the State,
Washington25, D.C.


CONFIDENTIAL SECURITY INFORMATION

駐韓米国大使館臨時代理大使E・アラン・ライトナー(E.Allan Lightner,Charge d'affaires,a.i., American Embassy, Pusan, Korea)発 米国務省極東局北東アジア課長ケネス・T・ヤング(Kenneth T. Young,Jr., Director, Office of Northeast Asian Affaires)あて1952年12月4日付け書簡。

親愛なるケン

貴殿の旅行が再度延期されたと聞き、残念に思います。来年早々に会えるのを心待ちにしております。独島(リアンクール岩)の地位に関する11月14日付け貴簡を大変ありがたく存じます。貴殿が下さった情報は、大使館においてはこれまで承知しないものでした。我々は、国務省がこの問題に関し明確な立場をとったディーン・ラスクの韓国大使あて書簡のことを聞いたことがありませんでした。無論、我々は、大韓民国政府が平和条約第2条(a)項を修正して独島及び波浪島を含めたいという願望を持っていたこと及びその要望を当時電報で、条約草案に対するその他の韓国の修正提案とともに国務省に送ったことは知っていました。我々は、その後、第2条(a)項が修正されないことを承知しましたが、その決定が韓国の領土主張の否認を意味するということは、全く見当がつきませんでした。さて、今や我々は知ったのであり、我々が長らく間違った仮定の土台の上に活動してきたことを思えば、情報を得たことを大変うれしく思います。伝達書を以って、我々が韓国外務部に今送った通牒の写しを送ります。最後の段落に、11月27日付け国務省電報365号において示唆された、1951年8月10日付けディーン・ラスクの梁大使あて通牒に言及する文言があります。 敬具

E・アラン・ライトナー二世

「We were subsequently made aware of the fact that Article 2(a) was not to be amended but had no inkling that that decision constituted a rejection of the Korean claim. Well, now we know and we are very glad to have the information as we have been operating on the basis of wrong assumption for a long time.」

我々は、その後、第2条(a)項が修正されないことを承知しましたが、その決定が韓国の領土主張の否認を意味するということは、全く見当がつきませんでした。さて、今や我々は知ったのであり、我々が長らく間違った仮定の土台の上に活動してきたことを思えば、情報を得たことを大変うれしく思います。」

「その決定が韓国の領土主張の否認を意味するということは、全く見当がつきませんでした。」とあり、他の土台の上でに相当するthe basis of wrong assumption(間違った仮定の土台)とは「韓国の修正要求通りに条約が修正されなかったといえど、必ずしも韓国の「独島(竹島)は韓国領土である。」という韓国の主張が拒否されたとは言えない。」という事を保坂祐二は言いたいのでしょうか?(参考「Dokdo-or-Takeshima?」)

「1952年(昭和27年)10月16日駐韓米大使館の駐日大使館宛覚書」(国務省への同報)

Although this Embassy is not in possession of complete information regarding the Department’s views on the ownership of Tokto Island (also called Dokdo, Takeshima, or the Liancourt Rocks), it appears that its status is unsettled.

当大使館はトクト(または、独島、竹島、またはリアンクール・岩とも呼ばれる)の領有権については国務省の見解に関する完全な情報を持ってないが、その地位が未決定であるように思える。

“「他の土台の上で、すなわち独島を韓国領土と思って活動して来た」”

「他の土台の上」とは保坂祐二の主張する「独島を韓国領土」という意味ではなく、its status is unsettled(その地位が未決定である)、要するに「竹島の地位は未決定。」であるという事が明らかです。

ケネス・T・ヤング書簡」 1952年(昭和27年)11月5日 米国務省から駐韓米大使館宛書簡(駐日大使館にも同報)

Official - Informal

Confidential Security Information

11/14/52


Dear Al:

I have read both Tokyo's despatch No. 659 of October 3, 1952, entitled, "Koreans on Liancourt Rocks" as well as Pusan's Memorandum of October 15, 1952, entitled, "Use of Disputed Territory (Tokto Island) as Live Bombing Area" enclosed in your letter of October 16, 1952 to Ambassador Murphy.

It appears that the Department has taken the position that these rocks belong to Japan and has so informed the Korean Ambassador in Washington. During the course of drafting the Japanese Peace Treaty the Republic of Korea's views were solicited, in consequence of which, the Korean Ambassador requested the Secretary of State in a letter of July 19, 1951 to amend Article 2(a) of the draft treaty so as to include the islands of Dokdo (Liancourt Rocks) and Parangdo as well as Quelpart, Port Hamilton and Dagelet among those islands over which Japan would renounce right, title and claim by virtue of recognizing Korea's independence. In his reply to the Korean Ambassador the Secretary stated in a letter dated August 10, 1951 that the United States could not concur in the proposed amendment as it applied to the Liancourt Rocks since according to his information the Liancourt Rocks had never been treated as a part of Korea, they had been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office of Japan's Shimane Prefecture since 1905 and it did not appear that they had ever before been claimed by Korea. As a result Article 2(a) of the Treaty of Peace with Japan makes no mention of the Liancourt Rocks:

"Japan, recognizing the independence of Korea, renounces all right, title, and claim to Korea, including the islands of Quelpart, Port Hamilton and Dagelet."
/ The

E. Allan Lightner, Esquire

Charge d'affaires, a.i.,
American Embassy,
Pusan, Korea.

FE:NA:RMHerndon:eb
November 5, 1952

cc-Amembassy, TokyoOfficial - Informal

Confidential Security Information


The action of the United States-Japan Joint Committee in designating these rocks as a facility of the Japanese Government is therefore justified. The Korean claim, based on SCAPIN 677 of January 29, 1946, which suspended Japanese administration of various island areas, including Takeshima (Liancourt Rocks), did not preclude Japan from exercising sovereignty over this area permanently. A later SCAPIN, No. 1778 of September 16, 1947 designated the islets as a bombing range for the Far East Air Force and further provided that use of the range would be made only after notification through Japanese civil authorities to the inhabitants of the Oki Islands and certain ports on Western Honsu.

Sincerely yours,


Kenneth T. Young, Jr.,
Director
Office of Northeast Asian Affairs

米国務省極東局北東アジア課長ケネス・T・ヤング(Kenneth T.Young,Jr.,Director,Office of Northeast Asian Affaires)発 駐韓米国大使館臨時代理大使E・アラン・ライトナー(E.Allan Lightner,Charge d’affaires,a.i.,American Embassy,Pusan,Korea)あて1952年11月5日付け書簡。駐日米大使館へ同報

親愛なるアル

東京の「リアンクール岩に韓国人」と題する1952年10月3日付け伝達書659号及びマーフィー(Mur-phy)大使あて1952年10月16日付け貴簡に添付された釜山の「領有権が争われている領土(独島)の実射訓練場としての使用」と題する1952年10月15日付け覚書を読みました。国務省は、この島が日本に属するとの立場をとり、その旨をワシントンの韓国大使に伝えたようです。

日本平和条約の起草過程において大韓民国の見解が求められ、その結果、韓国大使は、1951年7月19日付け書簡を以って国務長官に、条約草案第2条(a)項を修正して日本が朝鮮の独立の承認に伴い権利権原請求権を放棄すべき島に済州島、巨文島、鬱陵島と並んで独島(リアンクール岩)と波浪島を含めるよう要請しました。

韓国大使に対する返答として国務長官は、1951年8月10日付け書簡で、彼の情報によればリアンクール岩は朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあり、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思えないので、提案に係るリアンクール岩に関する修正に同意できないと述べました。その結果、平和条約第2条(a)項には、次のとおり、リアンクール岩が言及されないことになりました。「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

それゆえ日米合同委員会によるこの島の日本政府の施設としての指定は正当化されます。

竹島(リアンクール岩)を含む種々の島嶼地域に対する日本の施政を「停止した」(suspended)1946年1月29日のSCAPIN677に基づく領土主張を韓国はしていますが、これによって日本がこの地域に永続的に主権を行使することが排除されることはありませんでした。後続のSCAPINである1947年9月16日付け第1778号は、同島を極東空軍の射爆場として指定し、さらに、当該射爆場の使用は、日本の文民当局を通じて隠岐及び本州西部の住民に通告した後にはじめて行われると規定しました。

敬具

ケネス・T・ヤング二世 北東アジア課長

It appears that the Department has taken the position that these rocks belong to Japan and has so informed the Korean Ambassador in Washington.」

国務省は、この島が日本に属するとの立場をとり、その旨をワシントンの韓国大使に伝えたようです。」

The action of the United States-Japan Joint Committee in designating these rocks as a facility of the Japanese Government is therefore justified.」

それゆえ日米合同委員会によるこの島の日本政府の施設としての指定は正当化されます。」

The Korean claim, based on SCAPIN 677 of January 29, 1946, which suspended Japanese administration of various island areas, including Takeshima (Liancourt Rocks), did not preclude Japan from exercising sovereignty over this area permanently.」

竹島(リアンクール岩)を含む種々の島嶼地域に対する日本の施政を「停止した」(suspended)1946年1月29日のSCAPIN677に基づく領土主張を韓国はしていますが、これによって日本がこの地域に永続的に主権を行使することが排除されることはありませんでした。」

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また、1953年7月22日付の米国務省秘密文書「韓日間のリアンコール・ロックス(=独島)論争に対する望ましい解決策」という文書では、「ラスク書簡」は日本政府にも秘密になっている文書」であると記録されています。

____________________

1953年7月22日・日韓間リアンクール岩紛争のあり得べき解決策

page1

COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION
Page 1
July 22, 1953.

NA - Mr. McClurkin

NA - Mrs. Dunning


Possible Methods of Resolving
Liancourt Rocks Dispute Between Japan and the Republic of Korea.


During the past six months the question of whether Japan or the Republic of Korea has sovereignty over the Liancourt Rocks has been raised on three separate occasions. According to the Japanese version, in the latest incident on July 12, 1953, a Japanese vessel was patrolling the waters adjacent to the Liancourt Rocks when it was fired upon by Korean shore-based small arms and machine guns. The Japanese Foreign Office verbally protested the incident to the ROK Mission in Tokyo on July 13, demanding the immediate withdrawal of Koreans from the Rocks. On July 14 Foreign Minister Okazaki at a Cabinet meeting stated that the Japanese Government intends to explore every possibility of settling the dispute amicably by direct negotiation with the Republic of Korea. However, Okazaki also stated that it was conceivable that the question might later be submitted to the United States or the United Kingdom for mediation. Some Japanese newspapers have also indicated that as alternatives the question might be submitted either to the Hague Tribunal (
International Court of Justice) or to the United Nations; Jiji Shimpo has taken the somewhat extreme view of suggesting that the Japanese Coastal Security Force be despatched to the Rock.

With regard to the question of who has sovereignty over the Liancourt Rock (which are also known in Japanese as Takeshima, and in Korean as Dokdo), it may be of interest to recall that the United States position, contained in a note to the Republic of Korea's Ambassador date August 10, 1951 reads in part:

"....As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office of Shimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea......"

(This position has never been formally communicated to the Japanese Government but might well come to light were this dispute ever submitted to mediation, conciliation, arbitration or judicial settlement.)

Since sending the August 10, 1951 note to the ROK Government, the United States Government has sent only one additional communication on the

/subect
COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION

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COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION
-2-
Page 2

subject. This was done in response to the ROK protest of the alleged bombing of Dokdo Island by a United States military plane. The United States note of December 4, 1952 states:

"The Embassy has taken note of the statement contained in the Ministry's Note that 'Dokdo Island (Liancourt Rocks) .....is a part of the territory of the Republic of Korea.' The United States Government's understanding of the territorial status of this island was stated in Assistant Secretary of State Dean Rusk’s note to the Korean Ambassador in Washington dated August 10,1951."

At the same time this note was sent it was hoped that this more reiteration of our previously expressed views would withdraw us from the dispute and might discourage the Republic of Korea from "intruding a gratuitous issue in the already difficult Japan-Korean negotiations." Apparently our efforts to date have not had the desired effect.

Should the present efforts of the Japanese Government to solve the dispute on an amicable basio by direct negotiation with the Republic of Korea fail, there are several courses of action open to the Japanese Government.

a) Request for United States Mediation - In the event the Japanese Government were to request the United States to act as mediator, not only would the concurrence of the ROK have to be obtained, but the United States would be placed in the embarrassing position (notwithstanding the facts in the case) of seeming to choose between Japan or Korea. As usual, the role of the mediator is not a happy one. In view of this and of United states requirements and obligations to both these countries, it is believed preferable for the United States to extricate itself from the dispute to the greatest extent possible.

b) Submission to the International Court of Justics - Notwithstanding the fact that neither Japan nor the Republic of Korea is a member of the United Nations. both may be parties in a case before the ICJ provided that both agree to comply with the conditions laid down by the Security Council. At present these conditions are that both states would deposit with the Rogistrar of the International Court of Justice a declaration accepting the Court's jurisdiction in accordance with the UN Charter and the Statute and Rules of the Court, undertaking to a amply in good faith with the Court's decision and accepting the obligations of a Member of the United Nations under Article 94 of the Charter.The difficulty with this plan would seem to be whether Japan could obtain the concurrence of the Republic of Korea to join with Japan in presenting the dispute to the International Court of Justce and if this were done, whother the ROK would abide by decision of the ICJ if it were negative.

/(c
COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION

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COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION
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(c Submission to the United Nations General Assembly or Security Council - Japan would have the right unilaterally to bring the Liancourt Rocks dispute to the United Nations under Article 35 section 2 of the United Nations Chrter, which states:

"A state which is not a Member of the United Nations may bring to the attention of the Security Council or of the General Assembly any dispute, to which it is a party if it accepts in advance, for the purposes of the dispute, the obligations of pacific settlement provided in the present Chapter.",

if it were willing to state, as required by Article 33 of the UN Charter, that the Liancourt Rocks dispute was one "likely to endanger the maintenance of international peace and security." It is indeterminable at this time whether Japan would be willing to go that far. It is also unlikely that the United States and/or the other Members of the anti-Soviet blic in the United Nations would want to add this grist to the Soviet propaganda mill.

Recommendation

1. NA/J recommends that the Department of State take no action at this time inasmuch as Foreign Minister Okazaki has has stated that the Japanese Government will try to settle the dispute with the ROK Government by direct negotiation.

2. However, if the Japanese Government requests the United States Government to act as a mediator in this dispute, NA/.J recommends that: a) the United States should refuse; b) the United States should suggest that the matter might appropriately be referred to the International Court of Justice. The United States could inform the Japanese Government that this procedure might be preferable to submitting it to the United Nations for the reasons stated above.

3. If the Japanese Government requests the legal opinion of the United States Government on this question, NA/J recommends that the United States should make available to the Japanese Government the United States position on the Liancourt Rocks as stated in the Rusk note of August 10, 1951.

Concurrences

NA/K concurs.

FE:NAlLBurmaster:eb

A/K - Mr.Treumann
COMFIDENTIAL SECURITY INFORMATION

国務省北東アジア課バーマスター(L.Burmaster)による覚書「日韓間リアンクール岩紛争のあり得べき解決策(Possible Methods of Resolving Liancourt Rocks Dispute between Japan and the Republic of Korea)1953年7月22日、北東アジア課長代理マッククラーキン(Robert J.G.McClurkin)及び同課ダニング(Alice L.Dunning)あて

過去6ヵ月間に、日本又は大韓民国のいずれがリアンクール岩に主権を有するかの問題が3回持ち上がっている。日本側によれば、最近の1953年7月12日の事件において日本船がリアンクール岩に隣接する水域を巡視していたところ島上から韓国人の小銃及び機銃により発砲を受けた。日本外務省は、7月13日、東京の韓国代表部に対し口頭で事件に抗議し、その島から韓国人の即時退去を要求した。7月14日、岡崎外務大臣は閣議において日本政府は大韓民国との直接交渉により紛争を円満に解決するためのあらゆる可能性を探るつもりであると述べた。しかし、岡崎はまた、問題を後に合衆国又は英国の仲介に付することも考えられると述べた。いくつかの日本の新聞は、また、選択肢として問題をハーグの裁判所(国際司法裁判所)又は国連に提起することもありうるとし、時事新報は、日本の海上保安庁部隊の島への派遣といういささか極端な意見を示した。

だれがリアンクール岩(日本では竹島、韓国では独島としても知られる)に主権を有するかという問題に関しては、1951年8月10日付け韓国大使あて通牒にある次の合衆国の立場を想起することが有益であろう。

「…独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません…。」

(この立場は、これまで一度も日本政府に正式に伝えられたことがないが、この紛争が仲介、調停、仲裁裁判又は司法的解決に付されたなら、明らかになるであろう。)

1951年8月10日の通牒を韓国へ出して以来、合衆国政府は、この問題に関し一度だけ追加的な伝達を行っている。これは、合衆国軍用機が独島を爆撃したとして韓国が抗議をしたことに対する応答として行われた。合衆国の1952年12月4日付け通牒は、次のように述べた。

「大使館は、外務部の通牒にある「独島(リアンクール岩)は…大韓民国の領土の一部である」との言明に注目します。合衆国政府のこの島の地位に対する理解は、ワシントンの韓国大使にあてたディーン・ラスク国務次官補の1951年8月10日付け通牒において述べられています。」

この通牒が出されたとき、以前表明された我々の見解のこの繰り返しにより、紛争からの我々の撤退と、大韓民国をして“すでに十分困難な日韓交渉に無用の問題を押し込む”のを思いとどまらせることが期待された。明らかに、我々の努力は、これまでのところ所期の効果を上げていない。もし、大韓民国との直接交渉により紛争の円満な解決を図るという日本政府の現在の努力が失敗したなら、日本政府には、次の手立てとしていくつかの選択肢がある。

a)合衆国に対する仲介の依頼−日本政府が合衆国に仲介者として行動するよう依頼した場合、韓国の同意を得なければならないのみならず、合衆国は(事件の事実関係にかかわらず)日本か韓国かを選択するように見えるという厄介な立場に置かれるであろう。通常、仲介者の役割は幸福なものではない。この見地から、また、これら両国に対する合衆国の必要及び責務にかんがみ、合衆国は、最大限紛争から抜け出すことが望ましいと考えられる。

b)国際司法裁判所への提訴−日本及び大韓民国のいずれも国連加盟国ではないものの、両国は、安全保障理事会が定める条件に従うことに同意すればICJによる裁判の当事国となることができる。現在のところ、当該条件は、国連憲章並びに国際司法裁判所規程及び同規則に従って裁判所の管轄を受諾する旨の宣言を国際司法裁判所の事務局に寄託すること、裁判所の裁判に誠実に従うことを約束すること及び国連憲章第94条の下での加盟国の義務を受諾することである。この案の困難な点は、日本が、共同して国際司法裁判所に紛争を付託することにつき大韓民国の同意を得ることができるか、また、これが成ったとしても、ICJの裁判が自国に不利であった場合に韓国がそれに従うかどうかであろう。

c)国際連合の総会又は安全保障理事会への付託−日本は、国連憲章第35条第2項によりリアンクール岩紛争を単独で国連に持ち出す権利がある。同条同項は次のように規定する。

「国際連合加盟国でない国は、自国が当事者であるいかなる紛争についても、この憲章に定める平和的解決の義務をこの紛争についてあらかじめ受諾すれば、安全保障理事会又は総会の注意を促すことができる。」

ただし、日本が、国連憲章第33条において求められているとおり、リアンクール岩紛争が「国際の平和及び安全の維持を危うくするおそれのある」ものであると表明するつもりであれば、である。現時点では、日本がそこまで行くつもりであるかわからない。また、合衆国や他の反ソビエト陣営の加盟国がソ連のプロパガンダを利することになることをしたいとは思われない。

提言

1.北東アジア課日本担当は、岡崎外務大臣が日本政府は韓国政府との直接交渉でこの紛争を解決するよう試みると述べている以上、国務省が現時点では何等の行動も起こさないことを提言する。

2.しかしながら、日本政府が合衆国政府にこの紛争について仲介を依頼した場合は、北東アジア課日本担当は、次のことを提言する。

a)合衆国は、断るべきである。

b)合衆国は、問題を国際司法裁判所に付託するのが適切であろうと示唆すべきである。合衆国は、日本政府に対し、この手続きのほうが上記の理由で国連への提訴よりも好ましいと伝えることができよう。

3.日本政府がこの問題に関する合衆国政府の法的意見を求めた場合には、北東アジア課日本担当は、1951年8月10日のラスク書簡において表明されているとおりのリアンクール岩についての合衆国の立場を日本政府に対し教えるべきことを提言する。

賛同 北東アジア課朝鮮担当は、同意見である。

"The Embassy has taken note of the statement contained in the Ministry's Note that 'Dokdo Island (Liancourt Rocks) .....is a part of the territory of the Republic of Korea.' The United States Government's understanding of the territorial status of this island was stated in Assistant Secretary of State Dean Rusk’s note to the Korean Ambassador in Washington dated August 10,1951."

大使館は、外務部の書簡に含まれる「独島(リアンクール岩)は…韓国の領土の一部である」との文言に注目します。合衆国政府のこの島の地位に対する理解は、ワシントンの韓国大使にあてたディーン・ラスク国務次官補の1951年8月10日付け書簡において述べられています。

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「ラスク書簡」は日本政府にも秘密になっている文書」であると記録されています。”

This position has never been formally communicated to the Japanese Government but might well come to light were this dispute ever submitted to mediation, conciliation, arbitration or judicial settlement

この立場は、これまで一度も日本政府に正式に伝えられたことがないが、この紛争が仲介、調停、仲裁裁判又は司法的解決に付されたなら、明らかになるであろう。

ここの事を言いたいのでしょう。合衆国の立場を正式に日本政府に伝えられた事がない、とは言っていますが「秘密にする」「隠蔽する」ということではありませんよ。

3. If the Japanese Government requests the legal opinion of the United States Government on this question, NA/J recommends that the United States should make available to the Japanese Government the United States position on the Liancourt Rocks as stated in the Rusk note of August 10, 1951.

3.日本政府がこの問題に関する合衆国政府の法的意見を求めた場合には、北東アジア課日本担当は、1951年8月10日のラスク書簡において表明されているとおりのリアンクール岩についての合衆国の立場を日本政府に対し教えるべきことを提言する

日本政府がアメリカ合衆国に法的意見を求めたら、アメリカ合衆国の立場をつまり「ラスク書簡」で述べている通りの「竹島」についての立場を日本政府に「教えるべき」と提言しています。ちなみに、「NA/J」「Northeast Asia(北東アジア)/Japan(日本)」 「NA/K」「Northeast Asia(北東アジア)/Korea(朝鮮)」。

しかし、日本側は、

On July 14 Foreign Minister Okazaki at a Cabinet meeting stated that the Japanese Government intends to explore every possibility of settling the dispute amicably by direct negotiation with the Republic of Korea.

7月14日に、岡崎外務大臣は閣議にて日本政府が大韓民国との直接交渉によって紛争を円満に解決するあらゆる可能性を探るつもりであると、述べました。

アメリカ合衆国は日本政府に聞かれれば、「ラスク書簡」で説明した見解を教える気があったが、日本政府は韓国と「直接交渉」で解決するつもりだった。「ラスク書簡」の内容を日本政府が知らなかったのであれば、それは日本がアメリカに法的意見を求めなかったからでしょう。アメリカが自分から積極的に言わないのは、読んで解る通り、

However, if the Japanese Government requests the United States Government to act as a mediator in this dispute(中略)the United States should refuse

しかしながら、日本政府が合衆国政府にこの紛争について仲介を依頼した場合は(中略)合衆国は、断るべきである。

アメリカは「竹島」は朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、「日本の管轄下」にあります、と「竹島」「日本領土」と理解してはいるが、日本と韓国のケンカに巻き込まれるのを嫌がっている。

the United States would be placed in the embarrassing position (notwithstanding the facts in the case) of seeming to choose between Japan or Korea. As usual, the role of the mediator is not a happy one.

合衆国は(事件の事実関係にかかわらず)日本か韓国かを選択するように見えるという厄介な立場に置かれるであろう。通常、仲介者の役割は幸福なものではない。

やはり嫌がっている。しかし、ラスク書簡」において表明されている通りの「竹島」についてのアメリカ衆国の立場を日本政府に対し教えるべき、ですから「教えない」というわけでもなく、ましてや「隠蔽」でもありません。

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実際、アメリカが「ラスク書簡」を公開した年は1998年でした!

「1953年12月09日 ダレス国務長官の書簡」

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FROM: SecState WASHINGTON

NR: 497

DATE: December 9, 1953, 7 pm

SENT TOKYO 1387 RPTD INFO SEOUL 497 FROM DEPT.

Tokyo’s 1306 repeated Seoul 129.

Department aware of peace treaty determinations and US administrative decisions which would lead Japanese expect us act in their far [favor] in any dispute with ROK over sovereignty Takeshima. However to best our knowledge formal statement US position to ROK in Rusk Note August 10, 1951 has not rpt not been communicated Japanese. Department believes may be advisable or necessary at sometime inform Japanese Government US position on Takeshima. Difficulty this point is question of timing as we do not rpt not wish add another issue to already difficult ROK-Japan negotiations or involve ourselves further than necessary in their controversies, especially in light many current issues pending with ROK.

Despite US view peace treaty a determination under terms Potsdam Declaration and that treaty leaves Takeshima to Japan, and despite our participation in Potsdam and treaty and action under administrative agreement, it does not rpt not necessarily follow us automatically responsible for settling or intervening in Japan’s international disputes, territorial or otherwise, arising from peace treaty. US view re Takeshima simply that of one of many signatories to treaty. Article 22 was framed for purpose settling treaty disputes. New element mentioned paragraph 3 your 1275 of Japanese feeling United States should protect Japan from ROK pretensions to Takeshima cannot rpt not be considered as legitimate claim for US action under security treaty. For more serious threat to both US and Japan in Soviet occupation Habomais does not rpt not impel US take military action against USSR nor rpt nor would would Japanese seriously contend such was our obligation despite our public declaration Habomais are Japanese territory. While not rpt not desirable impress on Japanese Government security treaty represents no rpt no legal commitment on part US, Japan should understand benefits security treaty should not rpt not be dissipated on issues susceptible judicial settlement. Therefore as stated DEPTEL to Pusan 365 rptd info Tokyo 1360 November 26, 1952 and restated DEPTEL 1198 US should not rpt not become involved in territorial dispute arising from Korean claim to Takeshima.

Issue seems less acute at moment so perhaps no rpt no action on our part required. However in case issue revived believe our general line should be that this issue, if it cannot rpt not be settled by Japanese and Koreans themselves, is kind of issue appropriate for presentation International Court of Justice.

DULLES

SECRET SECURITY INFORMATION

FROM: SecState WASHINGTON

NR: 497

DATE: December 9, 1953, 7 pm

SENT TOKYO 1387 RPTD INFO SEOUL 497 FROM DEPT.

Tokyo’s 1306 repeated Seoul 129.

当局は平和条約と米国の行政上の決定事項が、日本の竹島の領有権をめぐる大韓民国との紛争に於いて米国が日本に有利に動くことを日本に期待させるだろうということに気づいている。しかしながら、我々の知るところによれば,1951年8月10日のラスク・ノートに於ける米国の公式な立場は日本に伝えられていない。当局はいつか竹島に関する米国の公式な立場を日本政府に伝えることが望ましい、あるいはそうすることが必要であると信じるところである。この点の難しさはタイミングの問題である。と言うのは、我々は既に困難な大韓民国―日本間の交渉に新たな問題を付加したりしたくはないし、特に、多くが未解決になっている大韓民国との間の公にさらされた形での問題に於いて、我々が議論に不必要に巻き込まれたくはないからである

米国が平和条約をポツダム宣言下での決定と見なしており、そして平和条約で「竹島を日本に残した」にもかかわらず、またポツダム(宣言)や条約、行政上の合意事項に沿った活動等に我々も参加したにもかかわらず、平和条約から発する日本の国際的な領土紛争や他の紛争を平定したり介在したりすることが自動的に我々の義務になるとは必ずしも言えない。竹島に関する米国の見かたは多くの条約署名国の中の一つの見方に過ぎない。第22条項は条約紛争を平定させる目的で枠組みが作られた。第1275文書の第3項に述べられている新たな要素である日本が「大韓民国の竹島に対する不当な申し立てから米国が日本を守るべきだ」と感じることは安保条約下で米国の活動として正当な要求だとは考えられない。米国と日本にとって、より重大な脅威であるソビエトによる歯舞諸島占拠は米国にソ連に対して軍事行動を起こさせるものではないし、我々が公的に歯舞諸島は日本領だと宣言しているからと言って、日本もそれが我々の義務だとは強く主張しはしないだろう。

日本政府に対する望ましい影響ではないが、安保条約は米国側に法的責任を表すものではなく、日本は安保条約の利益を司法上の解決に敏感な問題に分散させるべきでないということを理解すべきである。それ故,1952年11月26日付DEPTEL釜山宛365号情報東京1360号およびDEPTEL1198号で述べられているように米国は韓国の竹島に対する要求に由来する領土紛争に巻き込まれてはならない

この問題は当分は緊急のものとは思いにくいので、我々の側にはおそらく行動は必要ないであろう

しかしながら問題が再発した場合は我々の一般論としては、もしも日本と韓国二国だけで解決できなければ、国際司法裁判所に提訴するに相応しい問題だとすべきである。

ダレス

シークレットセキュリティ情報

「ラスク書簡」はアメリカだけの見解である、と明らかにしたことがあります。”

US view re Takeshima simply that of one of many signatories to treaty.

竹島に関する米国の見かたは多くの条約署名国の中の一つの見方に過ぎない。

つまり、保坂祐二は「竹島」「日本領土」という見解がアメリカだけだから「無効」。他国は「竹島」「日本領土」とは思っていないので「無効」。と言いたいのでしょう。

しかし、アメリカ以外の国が何処の国も、「竹島」「日本領土」と考えていない、という根拠は無いのです。それに既に述べたように「ラスク書簡」は韓国の修正要求の意見書に対する回答文書ですね。この文書の性格上、わざわざ他国に通達する必要も義務もありません。

 

サンフランシスコ平和条約は、連合国の合意で作成された条約です。連合国の合意を経なかった「ラスク書簡」は、サンフランシスコ条約の見解と見ることはできず、基本的には無効になります。

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“連合国の合意を経なかった「ラスク書簡」は、サンフランシスコ条約の見解と見ることはできず”

「ラスク書簡」「サンフランシスコ平和条約」「結果」ではありません。「書簡」「条約」は別物です。「連合国の合意を経なかった」とありますが、「ラスク書簡」自体を連合国の合意を経る必要はないでしょう。何故なら、「サンフランシスコ平和条約」「署名国」「ラスク書簡」に署名するわけではありません。「サンフランシスコ平和条約」「結果内容」に署名したのです。

「サンフランシスコ平和条約」は、52カ国が講和会議に参加して日本と連合国49カ国との間に調印されました。「ソ連、ポーランド、チェコスロバキア」、以上の共産圏3国は講和会議に参加したものの、同じ共産主義国の中華人民共和国の不参加を理由に会議の「無効を訴え」署名しなかった。

本条約の批准国は省略しますが、

【署名した国】

アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ボリビア、ブラジル、カンボジア、カナダ、セイロン(→スリランカ)、チリ、コロンビア(※)、コスタリカ、キューバ、ドミニカ共和国、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、エチオピア、フランス、ギリシャ、グアテマラ、ハイチ、ホンジュラス、インドネシア(※)、イラン、イラク、ラオス、レバノン、リベリア、ルクセンブルク(※)、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ノルウェー、パキスタン、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、サウジアラビア、シリア、トルコ、南アフリカ連邦(→南アフリカ共和国)、イギリス、アメリカ合衆国、ウルグアイ、ベネズエラ、ベトナム国(→ベトナム共和国→ベトナム社会主義共和国)、日本。

「※」は、『署名』はしたが『批准』していない国。「→」は署名後、国名が変わった国。

第二十五条

 この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第二十一条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によっても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない

第二十三条

 (a) この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によって批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、主たる占領国としてのアメリカ合衆国を含めて、次の諸国、すなわちオーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された時に、その時に批准しているすべての国に関して効力を生ずる。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を生ずる。

 (b) この条約が日本国の批准書の寄託の日の後九箇月以内に効力を生じなかったときは、これを批准した国は、日本国の批准書の寄託の日の後三年以内に日本国政府及びアメリカ合衆国政府にその旨を通告して、自国と日本国との間にこの条約の効力を生じさせることができる。

第二十一条

 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の「第二条領土第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。

第二条

 (a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、「済州島」「巨文島」及び「鬱陵島」を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあった太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。

 (e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。

 (f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

(a) Japan recognizing the independence of Korea, renounces all right, title and claim to Korea, including the islands of Quelpart, Port Hamilton and Dagelet.

「Port Hamilton」 「巨文島」「1845年(弘化元年・2年)、イギリス軍艦サマラン号の艦長、エドワード・ベルチャー (Edward・Belcher) によって調査され、その後当時の海軍事務長官、「W.A.B.ハミルトン大佐 (W. A. B. Hamilton)にちなんで、「ポート・ハミルトン(Port Hamilton )と命名された。

「第2条(a)は、日本が「Quelpart(済州島・チェジュとう、さいしゅうとう)「Port Hamilton(巨文島・コムンド)「Dagelet(鬱陵島)を放棄するべき事が示してある。それには、「竹島(Liancourt Rocks)」は含まれてはいない。それに、「竹島(Liancourt Rocks)」「韓国の領土」になるとは書いていない。

GHQの最終決定により「竹島」が「朝鮮領土」から「除外」され、代わりに「巨文島」が含まれた。つまり「サンフランシスコ平和条約」をもって「竹島」が「日本領土」であると「確定」したのである。

この「サンフランシスコ平和条約」「結果内容」に署名したのです。この条約で、「竹島/独島」を除いたという条文を他の国々も認めて調印しています。

草案の段階では日本が放棄する領土に「リアンクール岩(竹島)が含まれたり、日本領土に「リアンクール岩(竹島)が入れられたりと、変動はありましたが、最終的には日本が放棄する領土に竹島は含まれておらず、日本領土に残っている。

不満なら「ソ連、ポーランド、チェコスロバキア」のように理由を述べ「無効を訴え」署名しなければ良い。

他の国々がLiancourt Rocks」「朝鮮領土」と思うのなら日本が放棄する領土に「済州島」「巨文島」、及ぴ「鬱陵島」と、「独島」を含むべきだと「無効を訴え」署名しなければ良い。

「署名国」はこの「サンフランシスコ平和条約」の条文を認めて署名しています。もはや、保坂祐二の主張する「ラスク書簡」「公開」「非公開」などは問題ではありません。

「ラスク書簡」「非公開」であれば、「サンフランシスコ平和条約」「無効」だとでも考えているのでしょうか?

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「ラスク書簡」がまるでサンフランシスコ条約の結論であるように主張する外務省サイトは、もう一つの悪質な歪曲を犯しつつ、日本の国民と世界を欺いているのです。

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6.サンフランシスコ平和条約における竹島の扱い(外務省

1.1951(昭和26)年9月に署名されたサンフランシスコ平和条約は、日本による朝鮮の独立承認を規定するとともに、日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定しました。

2.この部分に関する米英両国による草案内容を承知した韓国は、同年7月、梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛の書簡を提出しました。その内容は、「我が政府は、第2条a項の『放棄する』という語を(日本国が)朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を1945年8月9日に放棄したことを確認する。』に置き換えることを要望する。」というものでした。

3.この韓国側の意見書に対し、米国は、同年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって以下のとおり回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。
 
「・・・合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。・・・・」
 これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです。

4.また、ヴァン・フリート大使の帰国報告にも、竹島は日本の領土であり、サンフランシスコ平和条約で放棄した島々には含まれていないというのが米国の結論であると記されています。

「ラスク書簡」がまるで「サンフランシスコ条約」「結論」であるように主張する外務省”

「結論」は最初に「サンフランシスコ平和条約は、(中略)日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定しました。」と、述べている。「ラスク書簡」については韓国側の修正要求の意見書にアメリカがこう回答したという草案段階の過程を説明しているに過ぎない。

“悪質な歪曲を犯しつつ、日本の国民と世界を欺いているのです”

まさに「お前が言うな!」ですね。国際法を無視する上、日本領土の竹島の「不法占拠」。歴史歪曲・捏造教育で韓国国民を洗脳、騙している。外国に「独島は韓国領土」という、新聞や看板に広告を出したり、独島マラソンとか独島レースとか独島水墨画の扇子なるものを世界陸上に来た外国人に配るとか冬季オリンピックで独島守護キャンペーンをする上に、独島キーホルダーとパンフレットを配布したりする等、etc…。何も知らない外国人を騙している。

 

 

結論 保坂祐二の主張はデタラメです。全くの見当違いです。

 

 

 

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